大阪高等裁判所 昭和46年(行コ)6号 判決 1974年3月07日
控訴人 朴相植
被控訴人 法務大臣
訴訟代理人 三島孝雄 外四名
主文
本件控訴を棄却する。
訴訟費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は「原判決を取り消す。被控訴人が、控訴人の昭和四二年一二月一一付永住許可申請に対し、昭和四三年五月一六日付でした不許可処分を取り消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張および証拠関係は、左記に付加するほか、原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。
(控訴人の主張)
一 控訴人は、日本船青山丸の乗員として、雇入れの公認を受けた船員手帳を所持して同船に乗船し、昭和三〇年八月五日福岡県小倉港を出港して同月八日ごろ韓国木浦港に入港したところ、やむを得ない事情から韓国麗水税関にて転船許可証明書の発給を受けて日本船万亀丸に転船し、同年一一月一四日麗水港を出港して同月一五日ごろ福岡県小倉港に入港し、本邦に入国したものであるが、控訴人は、本邦に入国するに際し、雇入れの公認を受けた船員手帳と韓国麗水税関発給の転船許可証明書を所持していたものであるから、出入国管理令第三条の有効な船員手帳を所持していたというべきであつて、出入国管理令の入国手続を経ることなく適法に本邦に入国することができるものである。すなわち、日本国民たる船員は、本件のような場合には、雇入れの公認を受けた船員手帳と現地官憲の発給した転船証明書を所持すれば入国(帰国)が認められるのであつて、ポツダム宣言の受諾に伴い発する命令に関する件に基づく外務省関係諸命令の措置に関する法律(昭和二七年法律一二六条)第二条第六項に該当する在日韓国人である控訴人に対し、日本国民たる船員とその取扱いに差異をもうける合理的理由を欠くからである。
二 昭和三〇年当時、出入国管理令第三条の解釈、運用上、日本政府は、雇入れの公認を受けた船員手帳を所持して日本船舶に乗船のうえ本邦を出国した在日韓国人が、韓国官憲の発給した転船許可証明書を所持して他の船舶に転船のうえ帰港した場合には、これを有効な乗員手帳を所持して本邦に入国したものとして適法と取扱つていたものであつて、この行政慣例は関係者間に法的確信をも生ぜしめていたものであるから、右取扱いはいわゆる行政先例法となつていたものである。この行政先例法が存在していたことは、昭和三〇年三月ごろ、法務省が各入国管理事務所長等に対し、船員手帳を所持して日本船舶の乗員として出国する在日韓国人が韓国において一定の用務(私用)を終えた後右船員手帳により他の船舶の乗員として本邦に帰港する場合には、出入国管理令第三条違反として取締するよう通達していること、右通達に対し、福岡入国管理事務所が法務省に対し、右違反者に対しどのような措置をすべきか照会したところ、法務省が同年六月ごろ以偉密入国者として取扱うよう通達していることからも、これを明らかにすることができるが、韓国政府が本件において転船許可証明書を発給して控訴人を本邦に入国せしめたことからも推認し得るところである。そして、控訴人が昭和三一年二月ごろ本件入国について大阪地方検察庁の取調べを受けたが、不起訴処分となつたことも、右行政慣例の存在を考慮した結果と推測される。右行政慣例が右通達によつて変更されたとしでも、右行政慣例は法的確信を伴う行政先例法となつたものであるから、一片の行政通達によつて取扱いの変更をなすことは法的安定性を害し、右行政先例法に違反して無効である。
三 雇入れの公認を受けた船員手帳を所持して日本船舶の乗員として本邦を出港した在日韓国人船員が、韓国において元の日本船舶を離船し、他の般舶により帰港した場合には、なとえ現地官憲の発給した転船許可証明書を所持していても、出入国管理令第三条に違反するものとして取扱うべきであるとしても、(イ)海難により乗船していた元の日本船舶が滅失または毀損して航行に堪えなくなつたため離船して他の船舶で帰港した場合、(ロ)外国官憲等のために自己の責任に帰せられない事由によりその船舶が抑留または捕獲されたため他の船舶で送還された場合には、これを例外として出入国管理令第三条違反としては取扱わないことになつているところ、控訴人の乗船していた日本船青山丸は、実質上の船主である控訴人を韓国に残したまま無断で木浦港を出港したものであつて、控訴人が日本船万亀丸に転船して福岡県小倉港に帰港したのは、まことにやむを得ない事情によるものであるから、前記(イ)(ロ)の場合と同様に不可抗力によつたものとして、出入国管理令第三条違反として取扱うべきでない。
(被控訴人の主張)
一 控訴人は、出入国管理令の適用にあたり、日本人乗員の出帰国と外人乗員の出入国とを対比して、その取扱いに差異があることは不当であると非難するが、その主張は次の理由により明らかに失当である。
(一) 本邦に在留する外国人は、わが国から出国する場合、出入国管理令(以下単に令という)第二六条の規定による再入国許可を受けたうえ出国し、右再入国許可の有効期間内に入国しない限り、その者の在留資格は出国により当然に喪失する。すなわち、本邦に在留する外国人で当該外国人に付与されている在留資格につき定められている在留期間の満了前に再び本邦に入国する意図があるときは、令第二六条の規定による再入国許可を受けて出国し、当該再入国許可の有効期間内に本邦に入国して、上陸の申請をすれば、旅券に日本領事官等の査証を受けていなくても、他の上陸のための条件に適合している限り上陸を許可され、しかも出国前に付与されていた在留資格および在留期間をもつて引き続き本邦に在留することができるものである。
(二) ところで、本邦に在留する外国人が船舶の乗員となつて出国したうえ再び本邦に入国しようとする場合も例外でなく、当該外国人は有効な旅券を所持し、再入国の許可を受けていないかぎり、本邦在留を目的とする一般の非乗員外国人として入国の手続を受けることを要するが、それにもかかわらず、あえて当該外国人が乗員として上陸することを希望するならば、令第六条第一項および一九条第三項の規定により、当該外国人は上陸の特例として規定されていろ寄港地上陸の許可(令第一四条)、転船上陸の許可(令第一六条)、緊急上陸の許可(令第一七条)、および水難による上陸の許可(令第一八条)のいずれかの許可を受けて上陸することができるにとどまり、在留外国人として本邦在留することはできないことになるのである。
(三) しかしながら、日本船舶乗員として出入国する在留外国人に対して、旅券の所持、再入国の許可の取り付けを求め、出国に際して出国の証印(令第二五条)を、上陸に際して上陸の証印(令第九条第五項)を受けることを義務づけることは、かえつて船舶の乗員として稼働する実体にそぐわない事情が認められる。そこで、このような事情を考慮して、本邦に在留する外国人が乗員として出国し、乗員として入国しようとする場合において、当該外国人がわが国の船員法に基づき発給された船員手帳を所持して日本船舶の乗員として本邦から出国し、または入国する場合には、その者が有効な乗員手帳を所持し、乗船する船舶について雇入契約を受け、かつ、雇傭契約により当該船舶の運航業務に従事する者で、同一航海、同一日本船で往復するときに限り、再入国許可を必要とせず、出入国管理令に定める外国人の出入国とは同一に取り扱わない運用を行なつているのであるが、これは当該外国人の便宜を考慮した全くの特例措置というべきものである。
(四) 右のように、同一日本船舶による同一航海に限つて特例措置をとる理由は、日本船舶にあつては、本邦外(領海外)においても当該船舶内においてはわが国の刑法、船員法等の法令が適用されるため、当該船舶は実質上、わが国の領土の延長とみなされうるものであり、当該船舶に乗り組んでいる在留外国人についても引き続き本邦に在留していると同一の法的地位にあるとみなすことができるからである。これに反し、在留外国人が外国籍船舶の乗員となつて出入国し、または日本船舶の乗員として出国した後、他の船舶の乗員となり、またはいつたん下船して他次航の当該船舶の乗員となつて入国する場合には、当該外国人は引き続き本邦に在留する場合とは異り、本邦外の領域にあつて全くわが国の法令の適用を受けないのであるから、引き続き本邦に在留するものとみなすことはできず、入国および上陸にあたつて、一般の非乗員外国人の入国および上陸の手続を要することは当然であり、同一日本船舶による同一航海によつて出入国する場合は全く異なる取扱いとされているのである。
(五) わが国に在留する外国人乗員の出入国に関する出入国管理令上の取扱いは以上詳述したとおりであるが、日本人については、わが国への帰国は自国に帰国する権利の行使としてなんら制約をうけることなく自由に帰国が認められるのであつて、日本人であればその所持する乗員手帳が有効なものでなくても、本邦に帰国した時点において当該本人が日本人であることが判明すれば、日本人の帰国として本邦に上陸することができるのである。したがつて、日本人であれば乗員手帳が有効であり、外国人の場合には無効とするが如き取扱いが行なわれている事実はなく、この点に関する控訴人の主張は全く理由がない。
二 控訴人は、昭和三〇年当時、日本政府は在日韓国人で船員手帳を所持して出国し、韓国官憲の発給した転船許可証明書および船員手帳を所持して転船帰港した場合は、適法な乗員手帳を所持するものと取り扱つていた旨の行政慣例があり、これは関係者・の聞に法的確信を生ぜしめていて行政先例法となつていた旨主張する。しかしながら、
(一) 慣習法の一態様としていわゆる行政先例法が行政法の法源として承認されるとしても、法律による行政の原理がその基本原理とされる行政法の分野においては、極く稀にしかその成立が認められないものであり、いわゆる行政先例法は、行政庁における長年にわたる取扱例(行政実例)が一般人民の間にも法的意識を生ぜしめ、単なる事実上の取扱例が一般の法的確信を得て法にまで高められた場合にはじめてその成立がみられるものであつて、本件の場合にはそのいずれの面からもこれが成立していたとみる余地は毫も存しない。
(二) 韓国政府発給の転船許可証明書は、日本国においてなんらの法的効力を有しないものであり、在日韓国人船員の入国の取扱いについて、船員手帳と韓国官憲発給の転船許可証明書を所持するものに対し、事実上上陸を黙認した事例があつたとしても、それは日本人船員の帰国取扱いと混同した結果生じた事例にすぎず、それをもつて控訴人主張のような行政先例法であるということはできない。なるほど一部において右のような混同による誤つた取扱いがあつたとしても、他方、控訴人が根拠に挙げられる前記通達が発せられる以前においても、本件と全く同様の事案である外国人の離船後の転船帰国の場合につき、これを不法入国として退去強制令書を発付した事例が現に存したものである。控訴人は、本件不法入国について大阪地方検察庁で不起訴処分に付されていることをもつて、控訴人主張の行政慣例の存在を考慮した結果であると推測される旨主張するが、右主張も何らの根拠のない控訴人の一方的見解である。控訴人主張の通達は、当時、在日韓国人のうちには船員を装つて日本船員手帳の交付をうけ、これを悪用して旅券を所持せずに出入国しようとする者があり、これを認めることは出入国管理行政の適正な運営を妨げることになるので、その防止のために関係機関において取扱いに誤りのないよう明確を期する趣旨から発せられるに至つたものであり、かつ、関係機関に対してもこれを周知せしめるよう指示したものである。したがつて、控訴人主張のように、通達により行政先例を変更したというようなことは到底認める余地はない。
(証拠関係)
一、二<省略>
理由
当裁判所は、控訴人の本訴請求は理由がないものと判断するが、その理由は、左記に補足、付加するほか、原判決理由説示のとおりであるから、これを引用する(ただし、原判決<証拠省略>と、同一三枚目裏末行目に「昭和三〇年」とあるを「昭和三〇年三月二〇日」とそれぞれ改める。)。
<証拠省略>によれば、被控訴人の当審における主張一の(一)ないし(五)のとおりのことが認められるほか、本邦に在留する外国人が乗員として出国し、乗員として入国しようとする場合において、特例措置として、被控訴人主張一の(三)のとおり、当該外国人がわが国の船員法に基づき発給された船員手帳を所持して日本船舶の乗員として本邦から出国し、または入国する場合には、その者が有効な乗員手帳を所持し、乗船する船舶について雇入契約の公認を受け、かつ、雇傭契約により当該船舶の運航業務に従事する者で、同一航海、同一日本船で往復するときに限り、再入国許可を必要とせず、出入国管理令に定める外国人の出入国とは同一に取り扱わない運用を行つているわけであるが(<証拠省略>中「日本政府発行の船員手帳を所持する外国人に対する出入国管理に関する件」昭和二八年一月二四日管入第一四号)、外洋就航の日本船舶に乗り組む日本人船員については、(一)日本旅券の所持を必要とせず、単に船員手帳を所持すれば足りるけれども、(二)国外において船員が下船する場合には、(1) 社用等により外国港湾において下船するものが事前に判明している者で、往路外洋就航日本船舶の乗組員として渡航する日本人船員は、出国に先立ち、日本旅券を必要とするとともに船員手帳をも必要とする、(2) 本邦出国の際、予定しない理由により社用等にて外国港湾において下船、これを相手国政府が認めたときは、在外事務所において日本旅券を取得しなければならない、(3) 難船、病気等の不時の事情により外国港湾において下船帰国する場合は、原則として在外事務所において、旅券の発給を受けることを必要とするも、出発港または通過国当該国官憲(移民局)がこれを認めるときは、やむを得ない理由により下船したことを証する在外事務所発給の適当な証明書により帰国して差支えないし、また、在外事務所の設置していない地域において下船した場合には、その国官憲発給の証明書と船員手帳があれば、これにより不時の事情により外国港湾において下船した事実が証明されるので、帰国して差支えない取扱いをする運用が行なわれていたところから(<証拠省略>中「日本船員と旅券に関する件」昭和二七年二月二七日実二合第一九七号)、日本船員手帳を所持しておれば在日韓国人に対しても、外洋就航の日本船舶に乗り組む日本人船員についての右取扱いの運用を適用して差支えないものとして誤つて取扱われた事例もあつたので(原判決一三枚目表四行目から一四枚目表五行目まで)、昭和三〇年三月二〇日以降在日韓国人で日本船員手帳により本邦を出入国するものの取扱いについて、(一)、同一航海同一日本鉛舶により帰港する場合の措置としては、日本船員手帳を所持して日本船舶乗員として本邦を出港した在日韓国人船員が同一航海同一日本船舶により帰港した場合は、その帰港を認めて従来どおり上陸させて差支えないことを再確認し、(二)、韓国において元の日本船舶を離船し、他の船舶により帰港する場合の措置としては、前記乗員が韓国において元の日本船舶を離船して他の船舶(外国船、日本船を問わない)の乗員または乗客として帰港しようとする場合は、その者が本邦出港時に所持していた日本船員手.帳の有無にかかわらず、一般韓国人の場合と同様、予め韓国旅券を所持して入国査証またはクリアランスを取り付けてこなければならず、したがつで、右韓国人で旅券および査証またはクリアランスを所持しないものについては、入国審査官はこれを出入国管理令第三条違反者として取り扱うこと、(三)、ただし、右(二)の例外として、(イ)海難にようその船舶が滅失または毀損して航行に堪えなくなつたために他の船舶で帰港した場合、(ロ)外国官憲等のために自己の責任に帰せられない事由により、その船舶が抑留または捕獲されたために他の船舶で送還された場合に限り、日本船舶乗員の帰港と認めて上陸させて差支えないとして(<証拠省略>中「日本船員手帳により本邦韓国間を往復する在日韓国人船員の取扱について」昭和三〇年三月二二日管入合第一六七号)、その運用を明確にしたことが認められる。
一 控訴人が日本船青山丸の乗員として雇入れの公認を受けた船員手帳を所持して乗船し、昭和三〇年八月五日福岡県小倉港を出港して同月七日目的地である韓国木浦港に入港したが、同船に積載した貨物のうち韓国政府の輸入禁止品目が韓国官憲により没収されて同船の日本人船員に対する約定の報酬が支払えなくなつたところから、控訴人と日本人船員との間に紛争が起り、控訴人の身体にも危険が迫つたため、同船を離船したところ、同船が控訴人を残したまま出港したので、控訴人が韓国麗水税関にて転船許可証明書の発給を受けて韓国麗水港にて日本船万亀丸に転船し、同年一一月一五日ごろ福岡県小倉港に入港して本邦に入国したことは既に判示したとおりであるが(原判決九枚目表三行目から一一枚目表七行目まで)、控訴人は、日本国民たる船員は、本件のような場合、雇入れの公認を受けた船員手帳と現地官憲の発給した転船許可証明書を所持すれば入国(帰国)が認められるのであるから、ポツダム宣言の受諾に伴い発する命令に関する件に基づく外務省関係諸命令の措置に関する法律(昭和二七年法律一二六号)第二条第六項に該当する在日韓国人である控訴人に対し、日本国民たる船員とその取扱いに差異をもうける合理的理由を欠く旨主張する。しかしながら、前記認定によれば、外洋就航の日本船舶に乗り組む日本人船員が、難船、病気等の不時の事情により、在外事務所の設置していない外国港湾において下船帰国する場合は、例外として、その国官憲発給の証明書と船員手帳があれば、それにより不時の事情により下船した事実が証明されるので、帰国して差支えない取扱いをする運用が行われているのであるが(前記「日本船員と旅券に関する件」昭和二七年二月二七日実二合第一九七号)、在日韓国人で日本船員手帳により本邦を出入国するものの取扱いについては、特例措置として、同一航海、同一日本船舶で往復するときに限り、再入国許可を必要とせず、出入国管理令に定める外国人の出入国とは同一に取り扱わない運用を行つているけれども(前記「日本政府発行の船員手帳を所持する外国人に対する出入国管理に関する件」昭和二八年一月二四日管入第一四号および「日本船員手帳により本邦韓国間を往復する在日韓国人船員の取扱いについて」昭和三〇年三月二二日管入合第一六七号)、日本船舶の乗員として出国した後、他の船舶の乗員になり、またはいつたん下船して他次航の当該船舶の乗員となつて入国する場合には、当該外国人が引き続き本邦に在留する場合と同一の法的地位にあるとみなすことができる同一航海、同一日本船舶の場合とは異なり、本邦外の領域にあつて全くわが国の法令の適用を受けないのであるから、引き続き本邦に在留するものとはみなすことはできず、入国および上陸にあたつて、一般の非乗員外国人の入国および上陸の手続を要することが明らかであつて、難船、病気等の不時の事情により在外事務所の設置していない外国港湾において下船帰国する場合において、ポツダム宣言の受諾に伴い発する命令に関する件に基づく外務省関係諸命令の措置に関する法律(昭和二七年法律第一二六号)第二条第六項に該当する在日韓国人である控訴人に対し、日本国民たる船員とその取扱いに差異をもうけることはむしろ合理的理由があるものというべきである。したがつて、控訴人のこの点の主張は理由がない。
二 控訴人は、昭和三〇年当時、出入国管理令第三条の解釈、運用上、日本政府は、在日韓国人が雇入れの公認を受けた船員手帳を所持して日本船舶に乗船のうえ本邦を出国し、韓国官憲の発給した転船許可証明書を所持して他の船舶に転船のうえ帰港した場合には、これを有効な乗員手帳を所持して本邦に入国したものとして適法と取り扱つていたものであつて、この行政慣例は関係者の間に法的確信をも生ぜしめていたものであるから、右取扱いはいわゆる行政先例法となつていたものである旨主張する。しかしながら、前記認定によれば、日本船員手帳を所持しておれば、在日韓国人に対しても、外洋就航の日本船舶に乗り組む日本人船員についての取扱い運用(前記「日本船員と旅券に関する件」昭和二七年二月二七日実二合第一九七号)を適用して差支えないものとして誤つて取り扱われた事例があつたにすぎず、控訴人主張のようにこれが行政慣例であつて、関係者間に法的確信をも生ぜしめ、いわゆる行政先例法となつていたものとは到底認めがたい。控訴人のこの点についての主張は採用できない。
三 前記認定によれば、昭和三〇年三月二〇日以降在日韓国人で日本船員手帳により本邦を出入国するものの取扱いについて、韓国において元の日本船舶を離船し、他の船舶により帰港する場合の措置としては、一般韓国人の場合と同様、予め韓国旅券を所持し入国査証またはクリアランスを取り付けてこなければならないが、例外として、(イ)海難によりその船舶が滅失または毀損して航行に堪えなくなつたために他の船舶で帰港した場合、(ロ)外国官憲等のために自己の責任に帰せられない事由により、その船舶が抑留または捕獲されたために他の船舶で送還された場合に限り、日本船舶乗員の帰港と認めて上陸させて差支えないのであるが(前記「日本船員手帳により本邦韓国間を往復する在日韓国人船員の取扱について」昭和三〇年三月二二日管入合第一六七号)、控訴人は、控訴人が乗船していた日本船青山丸は、実質上の船主である控訴人を韓国に残したまま無断で出港したものであつて、控訴人が日本船万亀丸に転船して帰港したのは前記(イ)(ロ)の場合と同様に不可抗力によつたものとして取扱うべきである旨主張する。しかしながら、控訴人が日本船万亀丸で転船帰港した事情は既に判示したとおりであつて(原判決九枚目表三行目から一一枚目表七行目まで)、前記(イ)(ロ)のいずれの場合にも該当しないのはもとより、前記(イ)(ロ)の場合に準じてこれを取扱うべきものであるとも解せられない。控訴人のこの点の主張も採用できない。
よつて、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担について民訴法第九五条、第八九条を適用して主手のとおり判決する。
(裁判官 山内敏彦 阪井いく朗 宮地英雄)